社会福祉法人 愛知玉葉会 第二尾張荘

愛知県名古屋市守山区にある『社会福祉法人 愛知玉葉会 第二尾張荘』のブログ

31
2017-08

参.・号・機・現

投稿時間 : 14時00分00秒




久しぶりのロボットネタ!


「ユニボ」の第2フェイズ実証実験がついにスタート!!

これに伴い、新しい機体が第二尾張荘にやってきました。

2日前、第二フェーズ実験に関するワークショップが行われ、説明を受けたのですが、





これは第三世代、参号機と呼ぶべきタイプで、前の弐号機の集音マイクが外付けだった

のに対して、



頭頂部に新たなアレイマイクを内蔵することで先の外付けマイクを廃し、これによって、

弐号機の課題だった可搬性を高めています。

内部のAIについてもグレードアップされているみたいで、果たしてどのような性能を発揮する

のか、とても楽しみです。



さて、夏休み期間中に名古屋市科学館で開催されていた特別展「ロボットってなんだろう?」

公式ガイドブックともいうべき絵本を紹介しましょう。同展では展示フロア各所にこの本と

同じ内容のイラストと文章が配され、それがとてもユニークで面白かったので、

つい買ってしまい、今は事務所カウンターのユニボの横に飾っています。

筆者の私物ですが、どうぞご自由にお読みください(^^)






文章も絵柄もシュールな感じですが、私たちとロボットの関係について、その本質を突いた

とても秀逸な内容になっています。



中でも実験開始当初から課題だった応答のタイミグについては、こんなことが。



隣のページは、コレ。

JK風の登場人物が「タイミングはあなたにゆずるわ」。

そして、その下には、このような文章が。



「でも、今のところ、こちらで思うようなタイミングでは反応できません。

しばらくは、ロボットのタイミングに合わせてあげましょう」


まさにその通り!!




この本の最後は、このような文章で締めくくられています。





結局のところ、最後はそれを使う人が肝心ということですね。



加筆  8月31日17:00

  この本、本日来荘された富士通の担当氏に読んでもらったら、大ウケでした(^^)


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30
2017-08

壁・紙・貼・替

投稿時間 : 18時00分00秒




それにしても、昨日早朝に発生した某国の行為には驚いた。

先日家族旅行で広島を訪れたばかりの私は、あれからずっと戦争と平和について

考え続けている。

こうなってくると、もはや戦時であるという気がしてならないが、そうした危機感をあまりに煽る

のもどうかと思うし、また、よくよく考えれば、戦後から今日に至る我が国が置かれた状況は、

国家として主体的に戦争行為をしていないというだけの、きわめて狭義な意味での平和でしか

なく、アメリカの核の傘の元でずっと広義での戦争状態にあるのだと思えば、

今回の事態もとりたてて驚くに値しない出来事のような気がしないでもない。





さて、話題はまったく変わって、本日は3Fフロア・食堂スペースの壁紙の貼り替え作業が

専門業者によって行われた。

施設改築から18年目を迎え、機械設備の不具合だけでなく、床や天井、壁にも汚れが目立って

きている。

来年開設50周年を迎えるに当たり、そうした箇所について、リニュアルや環境整備を行っていく

予定であり、今回の作業もそのうちの一環である。

それにしても、職人さんたちのプロの技は凄い。





今回初めて壁紙の貼り替え作業を見学したのだが、実に手際よく作業が進み、しかも

仕上がりが美しく継ぎ目が全くと言っていいほどわからないレヴェルの作業は、

目の保養ともいえるほどだった。利用者の皆さんにとっても、物珍しいものを見ていただけた

のではないか、と思う。

今回の作業を依頼した元請けの営業担当者によれば、彼らはこれまで、作業時間など様々な

制約がある医療福祉施設関係の仕事を数多く請け負ってきたチームだそうで、事前準備から

実作業まで、本当に無駄が無かった

特に重要なのは、事前準備の周到さであろう。ここがわれわれ素人DIYとの決定的な差である。

彼等の仕事の素晴らしさに比して、前日に私が今回の補修箇所の木枠部分に行ったペンキ塗り

作業の粗いことといったら・・・

まさに、「穴があったら入りたい」という心境になってしまった(^_^.)


自分たちで出来ることは出来るだけで自分たちで、プロに頼むべきところは素直にプロに頼む。

そのあたりの見究めがとても大切だということをあらためて思い知った経験であった。











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27
2017-08

夏・芸・州・旅 ①「宮島編」

投稿時間 : 18時00分00秒

カテゴリー : 史跡をゆく

ジャンル : 日記





良くある勘違い(これは昨年放送されたNHK『ブラタモリ』宮島編でタモリ氏も同じことを

いっておられた)だが、私は若いころ、「安芸の宮島」を「秋の宮島」だと思い込んでいた。

広島県の宮島は、瀬戸内海に浮かぶ日本有数の景勝地であり、

丹後の天橋立、陸奥の松島と並び、日本三景の一つとして数えらえている。

土地の銘菓として「もみじ饅頭」はあまりに有名であり、紅葉の名所でもあるから、

「宮島に来るなら秋が気候的に良い」という意味の言葉だと思い違いしていたのである。


そんな戯言はともかく、今夏はじめて広島(安芸国・芸州)の地を踏んだ。

これは妻から宮島の厳島神社へ連れていけと前からずっといわれていたからでもあるが、

それだけの動機ではあまりに浅薄にすぎる。

せっかく時間とお金をかけていくのであれば、小学生の子どもたちにとっても学び多き旅

にしたい。

そう考えた私たちは、宮島に呉と広島を組み合わせた二泊三日の旅程を構想した。

かかげたテーマは、「戦争と平和を考える安芸の夏旅」である。



明治期に海軍の鎮守府が置かれ、戦艦大和が建造された呉と、

人類史上はじめて原子爆弾が実戦使用された広島は、そうしたテーマに適合する。

一方、厳島神社はテーマから外れると思われる向きがあるかもしれない。

しかし、私の中では実は全てがつながっているのである。

私が小学六年生だった昭和56年夏に公開された東宝映画『連合艦隊』(松林宗恵監督)

には、この厳島神社が、主人公とヒロインの別離にまつわる重要な場所として登場する。

私が宮島と厳島神社を意識した最初が、戦艦大和とそれにまつわる人々を通して聯合艦隊

終焉を描いた、この映画によってであった。


宮島は戦前すでに名高い観光名所として多くの旅館が厳島神社周囲に並び立ち、

岩国沖の柱島にあった聯合艦隊泊地や呉から近いこともあって(現在も呉からは直行の船便

がある)、海軍軍人らにとって、面会のために家族を呼び寄せるにはちょうど良く、

馴染み深い場所だったようである。

聯合艦隊最後の艦艇による作戦行動を敢行した戦艦大和とそれを護衛する第二水雷戦隊

の参加将兵たちだけでなく、明治以来多くの海軍将兵がここで愛する家族との別れを惜しんだ

であろう。

余談だが、昭和20年1月、現在の豊田市浄水付近にあった海軍航空隊名古屋航空基地

から第二水雷戦隊旗艦・二等巡洋艦(軽巡洋)「矢矧(やはぎ)」の軍医長に転任した私の

祖父は、昭和14年に短期現役士官任官以来初めての海上勤務であり、

やがて敗色濃厚な戦局から死を覚悟したのだろう、郷里・犬山の実家から面会のために

家族を呼び寄せている。

今年満103歳になる祖母の話によれば、舅(私の曽祖父)と5歳になったばかりの私の父、

生まれたばかりの叔父と共に途中何度か空襲警報によって鉄道が足止めを食いながら、

場所は宮島ではないが、何とか出撃前の祖父との最後の面会を果たしているこのとき

私の曾祖母は 、年老いた姑の世話のため、やむなく犬山に残っており、一人息子だった

祖父とはついぞ会うことができなかったから、祖父が戦死したときの悲嘆ぶりはいかばかり

だったろう。

この旅の前に前出の『連合艦隊』をDVDで久しぶりに見返したが、登場人物たちを我が家

72年前の歴史に重ねて、いつもながら、つい目頭が熱くなった。

私の中での宮島・厳島神社は、だから、昭和の戦争の時代と離れがたく結びつくのであり、

この古来から神が宿ると信じられた場所だった島は、無数の海軍将兵とその家族たちの

生き様を見届けてきた存在のように私には思われてならないのである。



前置きはこれくらいにして、せっかくだから宮島と厳島神社の画像を多数紹介しておこう。

まずは冒頭同様、「観音様の寝姿」に譬えられる神々しい山容が美しい宮島の最高峰の

弥山(みせん)である。

宮島口からの船上からこれを目にした乗客(外国人旅行者が実に多かった)は、

すでにアゲアゲである。





いよいよ進行方向に、世界遺産・厳島神社が見えてくる。

遠景も実に美しい。



厳島神社の創建は6世紀末といわれるから、実に古い。

祭神は水の神であるイチキシマヒメで、厳島(いつくしま)の名はここから転じた

とされているが、背後にある弥山そのものが巨大な御神体といっていい。

この島自体が、数百万年前は巨大な一個の花崗岩の塊であったといい、

節理と呼ばれる自然の割れ目に沿って風化したのが今日の姿だという。


厳島神社を保護し、寝殿造り様の現在の形に整備したのは平清盛である。




いよいよ、念願の厳島神社境内へ。

もう何も言うことはない。

海に浮かぶその姿は、まるで絵画のように美しい・・・ただそれだけである。


この日は日差しが強く、大変暑かったが、その分写真が色鮮やかに撮影出来た。

訪れたのはちょうど引き潮の時間帯であり、みるみるうちに海水が引いていく様が

見ていてとても面白かった。













神社の特徴の一つである平舞台。現代にも通ずる美しいウッドデッキである。













楽房ごしの大鳥居。



勅使のみが渡ることを許された反橋(そりばし)。

毛利元就とその嫡男隆元の寄進と伝わる。



能舞台。尾張出身で、毛利家、福島家に次いで広島藩主となった浅野家の寄進であるという。



長年補修を重ねて使われ続けている床板も、すべてが意味ありげで素晴らしい。





この日は、本当に暑かった。

名古屋の夏の暑さも半端ではないが、瀬戸内の夏も実に暑い。

境内を巡り、御朱印をいただいた後、当初はロープウェイに乗って弥山へ登る予定だったが、

大げさではなく熱中症で倒れそうだった。

途中、町屋をリノベーションしたジェラート屋さんで小休止した後にロープウェイに乗ったが、

最終便との兼ね合いもあり、結局、登る時間がなかった。

せっかくここまで来たのだから、やはり弥山は登りたかった。冒頭の勘違いのような「秋」では

ないにしろ、もう少し気候が穏やかな時季にゆっくり再訪したいものである。

みなさんも、もし宮島を訪れるならば、真夏だけは避けたほうが無難。

それでも、降りた後の獅子岩展望台からの瀬戸内海の景色は好天もあって最高だった。

まず弥山山頂方面を見る。







東の方には、今回の旅では寄ることのできなかった江田島が見える。

画像中央の島の上にあるのがそれであり、その奥には翌日の目的地の呉がある。

江田島は最初に海軍兵学校が東京築地に作られたのち、学校ごと移転された場所であり、

終戦まで数多くの海軍士官たちを養成した日本有数のエリート校であった。

その跡地には現在、海上自衛隊の学校が置かれているが、玉葉会乳児院A院長は高校の

修学旅行の際、なぜだかここで短艇(カッター)訓練を受けさせられたのだという。





10年ほど前、祖父と同じ「矢矧」に乗っていた若き海軍士官だった建築家の池田武邦氏に

江田島時代思い出についていろいろと伺ったことがある。

中でもっとも印象深かったのは、短艇に食料と寝具類を乗せ、気の合った兵学校のクラス

メートらと周辺の島々を巡ったという話だった(有志短艇巡航とよぶらしい)。

まだ少年のあどけなさが残る海の若人たちがたどり着く静かな夜の瀬戸内の無人島。

まもなく戦地へ赴く彼らにとって、美しい月明かりだけで仲間たちと過ごしたその時間がどれほど

貴いひとときだったか。つい古いジュブナイルに出てきそうな美しい情景を想像してしまうが、

こうして瀬戸内の島並を見ているうちに、10年前に伺ったそんな話もふいに思い出された。

池田氏への聞き取りをもとにして書かれた『軍艦「矢矧」海戦記 建築家・池田武邦の太平洋戦争』(井

聡著 光人社)によれば、兵学校生徒は分隊対抗で江田島から宮島まで短艇で競争したり、

弥山登山を競ったというから、彼ら若き兵学校生徒にとっても、この宮島は特別な存在だった

といえるだろう。



そして・・・



北東の方角には広島市街地が一望できた。

こうしてみていると、72年前のあの日、ここに天を衝くほどの巨大なキノコ雲が立ち上ったとは

どうしても信じられない。そして、その下で何が起こっていたのか・・・

この神なる島は、人類史上最大最悪の悲劇も目撃していたのだ。





この日はこれで終わりではなく、宿に入り、食事を済ませた後、ナイトクルーズに出かけた。

ライトアップされた厳島神社を海側から見るという趣向のツアーである。

夜の厳島神社も幻想さが増して格別だった(ピンボケ気味なのはご容赦願いたい。












こうして夏旅初日、宮島の夜は更けていった・・・(次回「呉編」につづく)








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