公益財団法人 住吉偕成会 住吉病院

甲府市の『公益財団法人 住吉偕成会 住吉病院 』の”エンパワメント”ブログ

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2015-01

小林弥生選手、ありがとう(2)

投稿時間 : 07時09分17秒

カテゴリー : サッカー

ジャンル : 指定なし

近年、精神しょうがいをお持ちの方のフットサル活動の広がりには目覚ましいものがあり、現在は全国で100以上のフットサルチームが活動しているといわれています。2013年には東京で全国障がい者スポーツ大会のオープン競技としてフットサルが採用され、東海甲信越北陸ブロックの激戦を勝ち抜いたアトムズ甲府も交えて熱戦が繰り広げられました。また、世界で初めて精神障がい者スポーツ国際シンポジウムも併せて行われ、近い将来に精神障がい者フットボール(サッカーやフットサル)の世界大会開催が予定され、NPO法人として日本ソーシャルフットボール協会が設立されています。

私が以前の勤務先病院でデイケアの担当医をしていた2006年、日本代表はワールドカップドイツ大会で、代表史上初の(2回目は2014年でした)本戦での悪夢をみましたが、当時デイケアでご家族/ご本人への心理教育、就労支援に力を入れながら、なにか身体を動かすスポーツ活動を行おうと考えたとき、思いついたのはフットサルでした。病院のグランドでみんなでボールを蹴っていましたが、そのうちに「試合がしたい!」という声があたりまえのように高まりました。
そうはいっても、試合のためにはユニフォームも必要でした。お金がない状況の中で、現在のようにスポンサーを募集することも頭にはなく、桜ケ丘記念病院のある多摩市のお隣、稲城市にクラブハウスをもつ東京ヴェルディ(当時は東京ヴェルディ1969でした)に相談したところ、私がゴール裏の住人であったこともあってか、こっそり使わなくなったビブスを寄贈してもらいました。

 

ついで大会を開こうと思ったのですが、どうせならカップを作ろう!ということで優勝杯を購入したのですが、ただの無名カップでは味気ない気がしていました。その時、私の頭にあったのが、リハビリ中のベレーザの小林弥生選手のことでした。彼女はひざの重傷を負いながらも明るくリハビリにはげんでいることを知っており、また、ベレーザ以外では、とある整骨院受付の華であったことも知っていたため、リハビリには理解が深いと考えていましたので、思い切ってメールで連絡したところ、快諾していただきました。そして「小林弥生杯」ができあがったのです。

 

その後にもっと驚くことが起こりました・弥生選手から「せっかくだから、みなさんの練習を見に行ってもいいでしょうか」とご連絡があったのです。もちろん、一同大喜びで見学をしていただくことになりました。そして約束した日、弥生選手は自ら運転して私たちの病院まできてくださいました。私は私服というかトレーニングウェアにフードジャケット姿の弥生選手に出会って非常に緊張しました。そして彼女の足もとは、なぜかピンク色のクロックスだったのが印象的でした。私を含むメンバーはとても喜んで、一生懸命トレーニングをして弥生選手に見ていただきました。まだあまり温かくはない春の浅い日でしたが、弥生選手はベンチに腰かけて、最後までにこにこしながら練習を見てくださいました。この日、まだ決まっていなかったチーム名をつけてくださるようにお願いしたのですが、「みなさんのチームですから、みなさんでつけたほうがいいですよ」とおっしゃり、みんなで話しあったところチーム名は「すまいらーず」に決まりました。みんな弥生選手の笑顔に魅かれたのです。そして、その後開催された「やよいカップ」ですまいらーずは見事に優勝しました。

 

弥生選手にはトレーニングを見ていただいた後に、メンバーに向けて感想をお話ししていただきました。もう年月も過ぎていて詳細は覚えていませんが、印象に残った一節があります(大意です)。

「みなさんが思った以上に動けているのが、印象に残りました。私はリハビリ中なので今日はみなさんと一緒にボールを蹴ることができませんでしたが、私もみなさんもリハビリの仲間ですね。これからもお互いに頑張っていきましょう」

その後、私は林健太郎選手のヴェルディからヴァンフォーレへの移籍の後を追うように住吉病院に転勤し、弥生カップはその後、すまいらーずの手を離れてしまったと聞きました。しかし、私がいま甲府にいて、アトムズ甲府のサポートをしながらともに一喜一憂し、フットサルの大会で出会った人たちとアツく戦い、アツく語り、アツくつながっていけること、一つのボールの前にはみんなが平等であること、一生懸命になること、可能性を信じること、みんな弥生選手との出会いから始まっていったのだと思います。また、フットボールはいろいろなところで表には出なくとも努力し活動を続けている人々がいて、そういう人々と自ら出会い、点をつないでいくことの大切さと素晴らしさを学ばせていただいたとも思います。

引退後も小林弥生さんがフットボールの活動を通じて、多くの人々に笑顔と情熱、可能性をあきらめないことの大切さを伝えていってくださることを心から希望します。本当にお疲れ様でした。

 

最後までお読みいただいた方、どうもありがとうございました。