公益財団法人 住吉偕成会 住吉病院

甲府市の『公益財団法人 住吉偕成会 住吉病院 』の”エンパワメント”ブログ

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2014-12

サッカーが勝ち取った自由

投稿時間 : 01時13分27秒

カテゴリー : サッカー

ジャンル : 指定なし

チャック・コール、マービン・クローズ著・実川元子訳「サッカーが勝ち取った自由―アパルトヘイトと闘った刑務所の男たち。」白水社を読みました。かつて、悪名高き人種差別政策アパルトヘイトが国是であった南アフリカは、1994年にラグビーワールドカップを開催し、ネルソン・マンデラ大統領とスプリングボクスのキャプテン・ピナールとのエピソードは映画になりました。弊ブログでもご紹介してあります→http://blog.cabrain.net/CN010030/article/id/41804.html

そして、2010年にはFIFAワールドカップが開催されました。ところが、南アフリカではサッカーはラグビーに先んじて人種差別を打破するための試みが始められていたのです。
ケープタウンの沖合に浮かぶロベン島という名の「監獄島」はマンデラ元大統領ら政治犯を収監していたことで知られていますが、1959年以降南アフリカ政府はここに刑務所を設置し、反アパルトヘイト活動家たちを収監して、受刑者たちに対する過酷な使役、拷問、リンチ、精神的な屈辱などが容赦なく与え、非人道的な管理体制を敷いていました。

そんなロベン島刑務所で、1960年代に受刑者たちによって「マカナサッカー協会」が設立されました。看守の目を盗んで、シャツを丸めた手作りのボールで行われ始めたサッカーが、次第に多くの受刑者たちを巻き込み、管理側の容赦なく陰湿な妨害にも堪えて様々な手を尽くしてサッカーのゲームを行う権利を獲得し、やがて刑務所内部にサッカー協会が設立され、受刑者たちが行うサッカーリーグの試合はやがて抑圧的な看守たちの心を溶かしていくというストーリーです。

マカナサッカー協会はただ愛好者の組織を作ったのではなく、FIFAの規程を順守した組織として運営されました。「スポーツではあるが、自分たちがつくるシステムは公正と公平を重んじ、正義と民主主義の二つの理想に基づいているものでなくてはならない。つまり、アパルトヘイトと真逆にある組織にしたかったのだ」とあります。FIFAの理念には「無差別」がうたわれており、当時FIFAは反アパルトヘイトを明確にして南アフリカを国際試合から排除し人種差別と断固として闘う姿勢であったことも大きく後押ししていました。政治囚の中にはそれぞれの主義主張が相容れない場合もありましたが、そのような区別や対立をマカナサッカー協会はとことん排除する姿勢を貫きました。

クラブに所属する人々はサッカーを通して自ら学び、団結や交渉術、組織運営の手法を身につけました。それはのちの南アフリカの礎になりました。ロベン島でサッカーにかかわった人々が、南アフリカの各方面、大学教授や最高裁の副判事、政界でもスポーツ大臣や国防大臣など第一人者として活躍しています。 現大統領のジェイコブ・ズマも、かつては名プレイヤーの一人だったそうです。実は、ロベン島では、ラグビー協会はサッカーよりも遅れて1972年にラグビー協会が設立され、ワールドカップ開催とは逆の歴史になっていることは興味深いことでした。

順調のようにみえたマカナサッカーリーグも、行き詰まりを見せたり、世代交代という課題にも対処していきました。サッカー協会の運営は受刑者たちに単なるサッカースキルの向上やプレイする喜びだけでなく、政治力や交渉力、結束力を学ばせていきました。刑務所側との虚々実々の駆け引き、受刑者同士の議論、若い受刑者たちへの教育や説得などを通して、受刑者たちは人としてのスキルを磨いていったのです。

いま、精神的困難を経験した方々を中心としたフットサルが大きな広がりを見せています。それをサポートする人たちも増えています。フットボールには人生のほぼすべてが詰まっていること、そして、フットボールを通じて人は自由と復権をはたしていくこと、プレイヤーを尊敬し未来を信じることの重要性をあらためて感じることのできる一冊でした。この本を読むことにより、私たちのクラブでプレイしている人たちがフットボールを通して、差別に打ち克ち、人生を変えるその時に出会える喜びがあることを信じることができるようになることは間違いないと思います。

「私にとってサッカーは人生だ。サッカーは終わりがなく、新しい道を突き進む。だから”サッカーとはこういうもの”と発展を妨げる壁は作らない。」イビチャ・オシム

 

最後までお読みいただいた方、どうもありがとうございました。