社会福祉法人 幡多福祉会 幡多希望の家 (旧重症心身障害児(者)施設) 

高知県宿毛市にある『社会福祉法人 幡多福祉会 幡多希望の家 (旧重症心身障害児(者)施設) 』のブログ

投稿時間 : 14時24分44秒

カテゴリー : 施設長の思うまま記

ジャンル : 医療コラム

施設長 山本洋

11月21日、3回目の化学療法(抗がん剤治療)を受けるべく高知医療センターを受診した。治療の前の血液検査で残念ながら白血球、好中球、血小板が基準よりかなり低下しているため、3回目の治療はスキップすることになった。白血球(1540)好中球(422)血小板(9.9万)である。18日に検査した時点では14日の値より改善していたので、何とかなるかと出向いたがそうはやはり問屋が許さないと言う所かなと納得して引き帰さざるを得ない。骨髄機能(血液の細胞を作る働き)抑制が回復するまでは隔離の状態にならざるを得ない。抗がん剤による骨髄抑制のため、最も白血球が減少する時期は抗がん剤投与後10日から14日にピークを迎えその後回復するパターンであるはず(最も少なくなる時をナディアと呼ぶ)。それまでは息をひそめて、副作用の嵐が頭上を過ぎ去るまでは頭を低くしてやり過ごすしかない。

今日は25日(月曜日)希望の家で血液検査をした。残念ながらまだ白血球は1700 好中球は480でまだまだ低い。しかし血小板が27.4万に回復している。これなら時間が薬で回復してくるかなと思う。しかし高知から来てくださっている医師に報告すると、病棟で発熱者が複数出ているから、病棟への立ち入りはやめた方がいいと言われて、施設長室に引きこもっている。

27日の検査では白血球1300 好中球190、幸い熱は出ていないので経過を診る。14日に抗がん剤を投与して12日目である。そろそろナディアか?

ここ4日程で、予測されていた副作用の一つである脱毛が激しくなってきた。人から見るとさぞおかしかろうと思い、本気で昨日はバリカンや髭剃りで頭をそってしまおうかと考えたが、血小板が少なくなっているのに頭皮を傷つけてもよくないと断念していた。今朝職員から先生頭がすっきりしましたねと言われた。抗がん剤の影響で抜けてきたからねと話すが、その職員曰く先生髪が短い方がいいですよ、その方が似合ってますと言われた。自分は薬の影響でさぞみっともない状態になっていると思い、外では寒さもあって帽子をかぶるようにしていたが、院内ではそうもいかずどうしたもんかと考えていたが、やはり自意識過剰かなと考えしまう。成り行きに任せるかとも思うようになっている。それでも、風が吹くと頭の皮膚に寒気を感じるのはやはり今までではないと感じる。

病棟詰め所で電子カルテの前に座っていて、その後ろを人が歩くと空気が動く、風とも呼べない空気の流れである。それでも頭が寒い、頭の皮膚の神経が寒さを感じるのである。

他人は人の髪の毛が多いとか少なくなったとかいちいち見てはいない、多分に自意識過剰とは思うが、それでもこれだけの速度で髪の毛が抜けてくると、人の目が気になる。そして抜けていく髪の毛を毎日眺めている我が身にはやはりまた違う感慨がある。それはびっくりする、風呂に入って体を洗う、頭髪を引くと、10本ぐらいはすっと抜けてしまう。それが何回も繰り返される。お風呂上りに見てみると、湯の表面が髪の毛で黒く覆われている。これでどのくらいの髪の毛の数かなと考え込んでしまう。人の頭髪がどのくらいあるだろう?ネットで調べてみると。以前は10万本と言われていたようだが、最近の日本人は少し少なくなって7万本と言われているらしい。抜けてもまた必ず生えてくると言う神話を信じざるを得ない。


約束

2019-11-18

投稿時間 : 14時25分21秒

カテゴリー : 施設長の思うまま記

ジャンル : 医療コラム

施設長 山本洋

今日は11月18日、3年前に高知医療センターで膵臓癌の手術を受けた日である。手術前の話し、その時の主治医は3年は保証すると言ってくれた。手術後の話では思った以上に腫瘍が大きかったが、3年は約束します、5年目指して頑張りましょうと言ってくれた。その通り今日でまる3年経った。再発を告げられたが以前の主治医とのy約束の目標の5年を目指して頑張ろう。前にも書いたが執刀してくれた主治医は私より5年は若いはずであるが、今は鬼籍に入ってしまった。人の寿命は判らない。正直、なんで私ではなくて彼が先なんだと思う。なんとも言えない寂しさと悔しさがある。彼はもっともっとするべき仕事があったのにと思う。しかし今は我が身のことを考えるしかない。生かされているのだろうなと思う。少しでも生かされている時間を他者のために役立て行かなきゃと思う。

今日夕方、幡多希望の家の次の施設長を探すためにけんみん病院の先生と面談した。小児科の島田先生である。先生は大学を卒業した後、そのころは学生紛争が激しかったころで、大学に残る選択肢をやめて大阪の淀川キリスト教病院に就職された言われた。先生はキリスト者である。そこではアメリカ帰りの優秀な医師がおられて、今で言うベッドサイドティーチングで徹底的に鍛えられたと話されていた。就職後5年間の間に自宅に帰ったのはわずか2日だった言う。独身だったからよかったけど、今ならとても許されなかったでしょうねと、懐かしく思い出されていたのが印象的である。先生はこうも言われた、しかしその5年間つらいと思ったことは一度もなかった。楽しかった思い出しかないと言われる。そこでは虫垂炎の手術も、お産も経験した。お産は200人以上私がとり上げましたよと話されている。私にも同じような時期があった、内科の医師として10年の経験を積んで将来は人生の最後の時期、いろいろな病気の終末期を診ることのできる医師になりたいと赤穂市民病院の麻酔科の門をたたいた。そこで過ごした3年半の時間はそれ以後の医師人生において大きな糧になった、手術室での全身麻酔の技術、集中治療室での診療、ペインコントロールの技術、救急医療現場での診療。正直あの本当に忙しかった時間を経験したことが、その後の高知県の中山間にある大正診療所での医療に繋がったと思っている。その時に指導してもらった医師に感謝してもし過ぎることはない。残念ながら医師として働ける時間は長くはないだろうと思う。こんな状況ではある有難いことにまだ必要とされている場所がある。細く長くても良い、少しでも役に立てることがあればそれにこたえねばと思う。

毎度尾籠な話ではあるが、今朝排出した便を見ると、昨日食べた野菜が形のまま出てきているではないか!出てきてくれるのは有難いが食べたものが腸をそのまま素通りしてきては何の栄養にもなっていない。室町時代の禅僧一休和尚が、人間はしょせん糞袋と言ったとか聞くが(本当は違うようだが)、消化を全くされずに食べたものが出てくるようでは、糞袋にもならない。これは困ったと考えるが、昨日も夕食を食べた後具合が悪くなって何度か嘔吐した。おなかの痛みに耐えながら我慢して寝ているといると、おなかの中は特急列車が走るように、グルグルと言う音が隣の部屋にいる妻にも聞こえるのではないかと思えるほどである。小腸が激しく動いて内容物を大腸の方へ送っている。1時間もすれば音がしなくなる。内容物が大腸へ到達したようだ。これで眠れる。後は明日の朝の事。

翌朝は便意で目が覚める。すぐにトイレに駆け込む。排ガスが凄い、続いて排便がある。昨日夜頭に描いたようなものが出ている。あ~あである、せっかく食べたのにと思うが仕方がない。様子を見ていくしかない。

投稿時間 : 10時22分48秒

カテゴリー : 施設長の思うまま記

ジャンル : 医療コラム

施設長 山本洋

先日14日に医療センターで2回目の抗がん剤治療をl受けてきた。7日の当日の検査では白血球は6830 しかし14日の朝は2730にまで減少していた。この調子で白血球が減少すれば、次回3回目はスキップすることになるかもしれませんと、主治医に告げられて化学療法室に向かった。1回の抗がん剤の投与でこれだけ、白血球が減少するようでは先が思いやられるなーと思いながらリクライニングシートに横になって2回目を開始する。以前新聞の書評欄で見つけて一度読んでいた、坂井律子氏の「いのちとがん、患者となって考えたこと」岩波新書を点滴を受けながら再度読んでいる。坂井さんはNHKの元総合テレビ編集局長、私より5か月前の平成28年6月に膵臓癌で手術をうけていた。手術後TS-1の内服治療を受けたが、再発が認められ点滴での抗がん剤治療を受けている。再再発が告げられた2月からこの本を執筆されたようである。過酷な抗がん剤の副作用と闘いながら体調のいい時を見計らっての執筆であったと書いている。すごいエネルギーだなと思いながら読んでいる。自分が今まさに投与されている、アブラキサン+ジェムザールの治療についても言及している。残念ながら彼女は私よりも白血球減少が強かったようで、なかなかレジメン通りには投与できなかったと書いている。そして結局彼女の膵臓癌にはこの組み合わせは効果が無かったようで、2か月後に腫瘍の増大が認められ中止となった。

次に進むのはmFOLFIRINOXこれは強烈な副作用がついて回るようである。現在標準治療として膵臓癌に認められているのは3種類しかない。はじめはTS-1の内服治療、これが効果がなければ次はアブラキサン+ジェムザール、さらに最後に控えるのがmFOLFIRINOXの抗がん剤の組み合わせで、まーいわばある意味では真打かな。。これは4種類の抗がん剤の組み合わせカクテルである。その凄まじい副作用の記述には今からおののいている。しかしいつか自分もこの道へ進んでいくのかと嘆きながら今の薬に期待している。

先週は便秘に苦しんだ、便秘は一度起こすと、肛門に近いところに鎮座している水分が吸収されて固くなった便が栓をしたようになって、下手に腸管を刺激して便を出そうとするととんでもない痛みを生じてくることがある。もともと便秘症であり、内服している薬剤の副作用でもあるのだが、ここ近年の開腹手術に伴う癒着による便秘症にも悩まされてきた。緩下剤を数種類内服しながら排便コントロールをしてきた。さらに今回、抗がん剤の投与に伴う嘔気止めの薬剤投与がさらに便秘傾向に拍車をかけたようである。先週は痛みと腹満で、食事もなかなか進まない感じであったが、やっと硬便が出てその後からは順調に排便がある。しかし下剤の調節がなかなか難しい。夜中に腸のねじり上げるような感覚があり便意もある、痛みに目が覚める。トイレに行かなきゃと思うが体が金縛りにあったようで動かない。布団の中でじっと耐えている。なんとか便が漏れるのは回避できたようだ。夜明けにはまだ早い。今から動く気にはならない。じっと耐えるしかない。またうとうとしていたようだ。やっと窓からの光が明るくなってきた。もう起きても大丈夫かと思いながら身支度を整える。

トイレに行く、排便がある、それに向かってよく出てきてくれたと感謝する。さあ副作用との戦いは始まったばかり。便秘との戦いは今まで医師として培ってきた知識で対応がなんとかできるがこれからのことは対応が難しい。発熱性好中球減少症(FN)これが出てくれば緊急事態になる。その時には高知市まで走るか、宿毛で対応するかどうしたらいいか考える。まだまだ副作用との戦いは続く。医療者である自分ですらこの始末、一般の患者さんの苦しみと悩みは幾ばかりかと考える。

脱毛が見え始めた。髪の毛が抜け始めた。すっと髪の毛をすくと10本ぐらいの髪の毛が抜けてくる。いよいよ来たかと考える。土曜日にスポーツ刈りにしてきたので、脱毛の量は大したことはない。また下半身に、ピリピリするような異常感覚を感じる。これもうわさに聞く副作用の現われかと考える。末梢神経障害の出現率は63%正座した後の回復していくときのピリピリした感じである。やはりいろいろ出てくるなという思いが強くなる。さーこれからが本格的な副作用との戦いである。負けてはおられない。頑張るしかない。

昨日夕方に栄養を少しでも補うべく、以前購入していた経腸栄養剤を飲んでみた。しばらくすると猛烈におなかの痛みが出てきた。吐き気も強い。何度もトイレに行って嘔吐した、七転八倒の苦しみである。思わずトイレで叫んでいる。浸透圧の高い栄養剤が一挙に小腸に流れたために起こった出来事と考えた。今までは吻合部の狭窄があり飲んだ栄養剤が急激に小腸に流れて行かなかったために症状が出なかったのであろう。今は吻合部の狭窄が改善しているために,服用した栄養剤が急速に小腸に流れて症状が出たと考えられた。良いことと、悪いことが同時に起こってきている。日々変化する身体に相談しながら対処するしかないと思う。毎日が新しい経験である。これも面白いかなと苦笑する日々である。退屈はしない。

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